エピローグ

 

 

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黒い聖母の森にて 
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エピローグ

            72

 ゴールデンウイークが過ぎて、聖アガタ女子学院に再び生徒たちの姿が戻った。一人の教師と一人の生徒が行方不明になった事は、すぐに記憶の彼方に遠ざかる。

 雅子はまた、クラスの皆に囲まれ、いつも通りの生活を送っている。かれんや礼子も雅子に笑顔で接する。あまり深い交際でないのも、前の通り。いなくなった北条寺美緒の席には、一美が座っている。気の向いた時しか一美が授業に来ないのが、クラス委員の雅子の一番の悩みだ。それと、香奈の欠席が続いている事…

 その朝、全校朝礼で、野木教諭が京都の美園女子高校に急に転勤すると発表されて、生徒たちはちょっと騒然となる。担任クラスの雅子たちにも、まったく不意打ちの知らせだった。

 校長に促され、野木が演壇に立つ。いつにも増して晴れ晴れとその表情は輝いている。「大学を卒業して、すぐにここで教壇に立ちました。僕の人生で、一番素晴らしい思い出が、この学院にあり続けると思います。急な事で、担任になったばかりの1Dの皆に迷惑を掛けてしまうのが、心残りですが…」

どこか空虚に言葉を続けていた野木が、不意に絶句した。雅子は、並ぶ生徒たちを押し分けて演壇に進んで行く一人の少女に気付く。

「香奈!」

不機嫌そうな、いつもの表情を脱ぎ捨て、香奈は泣きそうに顔を歪めて、檀上によじ登る。マイクの前で口を開けたまま、野木は呆然としている。教師たちも誰も動けない。

 香奈の、荒い息が、マイクに入る。野木がかすれ声で言いかける。

「香奈、君のためを思って僕は…」

少女は、思いきり右手を後ろに引き、力いっぱい伸びあがって、教師の頬に平手打ちをした。その音は講堂中に響き渡った。数百人の人間が息を飲んだ。

 野木と香奈もまた、凍った様に動かない。ただ、野木の腕が震えている。震えながら、じりじりと持ちあがり、不意に青年教師の腕は、少女の背中を強く抱きしめた。香奈はあばれ、野木を突き離そうとし…いきなり、彼女も野木に抱き付く。

 声にならないどよめきが講堂に溢れ、教頭たち数人の教師が、あわてて演壇めがけて走り出したその瞬間だった。

 ぐらり、と講堂の空気が揺れ、演壇を照らしていた照明のライトが、火花を散らしながら、野木たちと教頭の中間に落下した。激しい破裂音と、少女たちの悲鳴が沸き起こる。

 雅子は唐突に予感に駆られ、振り向いた。動揺する同級生達の中で、ただひとりじっと立っている一美と視線が合った。同時に頷き合って、二人は演壇に駆け登る。抱き合ったまま固まっている野木と香奈の手を取り、四人で演壇から飛び降りる。

「皆どいて!」

雅子の叫びに、混乱する講堂の生徒の群れが、真っ二つに割れた。雅子が先頭になり、手を握り合った野木と香奈が続く。しんがりの一美が、振り向いて手を振ると、生徒たちは左右に動いて、野木たちのために開けた進路が瞬く間にふさがる。講堂の騒ぎは、教師たちの静止の声も虚しく、長く続いた。

 

 礼拝堂の裏の森を抜けて、野木と香奈は、走り去って行った。雅子が教えた生垣の穴から、もう学院を脱出しただろう。

 雅子は、まだ息がおさまらない。横に立つ一美も同じだ。二人は、ヒマラヤ杉の森の端にいる。

「朝礼は終わったやろか…」

「たぶんね…教室に戻りづらいなあ…」

「そうやね、まったく」

どちらからともなく、二人は森の奥に戻る。少し開けた広場のような場所に立ち、木立の隙間から空を見上げる。雅子は溜息をつく。

「香奈…わかんないなあ、あたしには。あんな男、これから苦労させられるに決まってるのに」

一美はこたえず、制服のポケットをごそごそやっていたが、やがてカチっとライターの音を響かせ、煙草に火をつけた。深深と吸い、目を上げて雅子の視線に気付く。

「あ、ごめん。つい…」

一美の言葉を遮る様に、雅子は首を横に振ると、ゆっくり歩み寄って、静かに言った。

「あたしにも、一本、くれないかな」

黙って一美は煙草の箱を差し出す。雅子がぎこちなく抜き出した一本に、一美が百円ライターの火を近づける。

「吸うと火がつくんや」

目を閉じて息を吸う雅子の表情を、一美は胸が迫るような表情で見守っている。雅子がせき込んで、目に涙が滲む。

「煙が目に沁みるよ」「ああ…そうやね」

ふたりの吐く煙が絡み合って、森の空に上り、白い雲に溶けて行った。

                          2001.11.20

 

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